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銚子商の復活
春のセンバツでは昭和56年(1981年)の印旛以来目立った成績のない千葉勢。これを改めたのはやはり伝統の銚子商だった。
阪神大震災のあった平成7年(1995年)はセンバツ開催が危ぶまれたが、一日3試合や応援団の鳴りもの禁止の措置で開催されることとなった。千葉からは春は18年ぶりとなる銚子商が甲子園に帰って来た。前年秋に行われた高校全日本選抜チームの3番打者に選ばれ超高校級と言われた澤井を擁している。ちなみにその全日本チームの4番はPL学園の福留、エースは今治西の藤井だった。
PL学園との激戦
銚子商の初戦の相手は優勝候補・PL学園。いきなり全日本の2枚看板打者、澤井・福留の直接対決である。千葉勢は昭和53年(1978年)の印旛以来、対PL学園4連敗中。しかし銚子商としては全国制覇した昭和49年(1974年)、初戦でPL学園に勝って連勝街道に入ったという因縁の相手である。
1回表、PL学園のエース前田が簡単に二死を取った後の澤井の打席。大会初日のザワザワした雰囲気の中、目の覚めるような弾丸ライナーのホームランをライトスタンドに打ち込みド肝を抜いた。物凄い球足であっという間の出来事だった。
3回裏、負けじと今度は福留が滞空時間の長いホームランをバックスクリーンに打ち込んだ。両者の特徴が出た2本のホームランに激戦の予感が漂った。
福留のホームラン等で一時は4-1とPL学園がリードしたが、澤井の快打もあり、銚子商が6回表に再逆転。しかし今度はその裏、銚子商のエース嶋田がつかまりまたも逆転され、更に銚子商が追いつくというシーソーゲームは7-7のまま延長戦に突入した。すでに両エースの姿はなく、PL学園は速球投手の前川、銚子商は打たせて取る平津がマウンドに上がっていた。
延長11回、銚子商の4番・越川、そして嶋田の安打でチャンスを作ったところで、山本がレフトスタンドに3ランホームラン。これが決勝点となり、10-7で銚子商がPL学園を振り切った。
準優勝
激戦を制した銚子商だったが、当然ながらその後の澤井のマークはキツくなり、まともには勝負してもらえず、澤井は調子を崩してしまう。2回戦の宇部商戦は嶋田投手の好投で快勝。3回戦の前橋工は全日本5番の梅沢のいるチームだったが嶋田が抑え込みベスト4進出。準決勝の相手は今治西。大会ナンバーワン投手・藤井と澤井の対決に注目が集まったが、藤井が連投からのヒジ痛のせいか前の試合の終盤に故障したため投げられず、あっけなく銚子商の勝利に終わった。
決勝は無欲で勝ち進んで来た無名校・観音寺中央。秋の四国大会でも目立った成績はなく辛うじて選ばれたという全くのノーマークのチーム。しかし伸び伸びとした高校生らしい好印象のチームだ。試合は野球センスの光る久保投手の好投の前に銚子商は凡打の山を築き完封負けを喫してしまった。この試合、澤井も活躍出来なかった。
夏の銚子商
夏の千葉大会、銚子商は苦戦を強いられる。暁星国際に辛勝した後の決勝は拓大紅陵。終盤までリードを許す苦しい展開となるが8回裏、澤井の同点打でついに追いつき、越川が逆転打を放ち優勝した。公立の優勝により千葉のジンクスはこの年も守られた。銚子商にとっては10年ぶりの甲子園である。
甲子園初戦、江の川には格の違いを見せつけ快勝し、2回戦は好投手・東出のいる高知商に苦戦。初回の先制パンチのみで辛くも逃げきり勝利を収めた。澤井のマークがキツい中、その前後の2番・八角、4番・越川、5番・嶋田が好調である。
春の雪辱を期して望んだ甲子園だったが、観音寺中央が2回戦でまさかの敗北を喫し、目標をPL学園との再戦に切り替えようかという3回戦の旭川実戦。誰もが銚子商の圧勝を予測したが、強豪相手に開き直り、伸び伸び投球する角井投手を攻略し切れず、旭川実に逆転負けを喫してしまった。旭川実は松山商、鹿児島商、銚子商と古豪を接戦の末に次々と倒し、北北海道勢としては初めてベスト8に進出する旋風を巻き起こした。
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