公式戦初登板は1年秋の千葉大会初戦。2年春には我孫子戦で先発し7回を好投。夏には県立千葉戦で完投勝利も飾った。しかし準々決勝の市立船橋戦では救援に失敗する苦い経験をした。
130キロ代後半の直球と多彩な変化球をコーナーに投げ分ける抜群の制球力といつでも冷静な投球術で内野ゴロの山を築く。
「夏にすでに一本立ちしていた」という小枝監督の評価通り、エースナンバーとなった2年秋の千葉大会ブロック予選の初戦で強打の東海大望洋を抑え込んで存在を知らしめた。秋の関東大会では苦しい展開の連続にも粘り強い投球で打線の援護を待つ忍耐力を発揮、桐生第一戦では打たせて捕る最高の投球術で完封、着実に歩を進めている感がある。
甲子園では注目の好投手・木村を擁する一関一と対戦。木村に注目が集まったが、試合が終わる頃には主役が逆転、途中、頭部に死球を受けるアクシデントに見舞われながらも持ち前の投球を見せる闘志を見せ、いつでも冷静で粘り強い投球で5安打完封で完勝した。ただし立ち上がりにやや不安を持ち、続く福岡工大城東戦では立ち上がりに失点している。
春の千葉大会、関東大会でも活躍し春夏連続の甲子園が期待されたが、どういうわけか夏はチーム全体の調子が上がらず上位進出を前に敗退してしまった。
(08.6/Minstrel) |