あんがんどんの話し


むかし昔の話です。
鬼塚の海岸寄りに「あんがんどん」と呼ばれる家がありました。
網元としてたいそう栄え、広大な家屋敷に住んでいましたが、
おりからの不漁と漁運に見放され、だんだん衰亡していきました。

その落ちぶれてしまった「あんがんどん」家に昔の栄えを知っている年老いた男が1人住んでおりました。
落ちぶれた家を盛り立てようと全力をつくしましたが、ある時、大シケにあい、子供も皆亡くして、痴呆の疑いを持たれていました。

この家の海に向いた庭に、甲虫に似た大きな庭石がありました。
これに腰をかけて沖合の魚の寄りを見るのがこの家の主人の代々の習わしでした。
今は船も網もなくし、「あんがんどん」の庭石だけ残っています。
村人達がその付近を通ると、いつもいつも沖を見ながら日向ぼっこをしている男の姿が見られるばかりでした。
そして男は、

「さなぎ(鰯の群)が見える、大よりだ柱バネだ(漁師が使う大漁の代名詞のようなもの)」

と独り言を繰り返していました。

やがてこの男も死んで、安政の大津波で家も庭石もすっかり海水に侵蝕されたと言われていました。

その後、前原浦で地引き網を引いたり、マカセ網を張ったりすると、「あんがんどん」のあった海底で不思議なことが起こるようになりました。
どの船も必ず網が動かなくなるのです。
そのためせっかくの大漁の鰯を逃がしてしまうことが度々ありました。

いつからか、「あんがんどん」だけつぶれてしまったその腹いせと思われるようになり、
地元の人々は「あんがんどんの祟りだ」と「あんがんどん」の庭石に網を切られることを恐れるようになりました。

今でもこの「あんがんどん」の石は海底にあって、
「あんがん根(ね)」と呼ばれ漁師に恐れられているそうです。
大正12年の関東大震災と最近のチリ津波のための大干潮の時に見えたと言われています。
この石のかたわらには、大井戸が昔のまま埋もれているということです。


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