青鬼の面


光町(現横芝光町)の虫生では毎年7月16日に「鬼舞い」があります。
「鬼来迎」とも呼ばれ、10世紀頃に恵心僧都が大和の当麻寺や京の寺院で仏の教えを多くの人々に広めようとして始めたものだといわれています。

今から800年以上も前、虫生の広済寺の境内に激しい雷雨とともに、青鬼、赤鬼、黒鬼、白鬼、地獄の奪衣婆のお面が、空から降って来ました。
僧は、このお面を大事にしまっておいたといいます。

一方、これとは別に、鎌倉で名高い彫刻師の運慶らは、地獄の亡者が鬼の責めから逃れる仏の力を夢に見て虫生を訪れ、菩薩の面などを彫って鬼舞いを境内で演じました。
それが7月16日だといわれています。

青鬼の面は現在は残ってないのですが、こんな話が伝わっています。
お寺に子守りの娘がいました。
ところがここの赤ん坊はひどくぐずるので、おどかそうとして青鬼の面をつけました。
ところがその面が顔にピッタリとくっついてしまい、どうしても取れなくなってしまい、とうとう子守りの娘は死んでしまいました。
この娘を埋めて鬼堂を建てて杉の苗を植えるとよく育ちました。
これが「鬼堂の大杉」ですが、この木を切ると娘のたたりがあると、今でも恐れられています。

また似たものではこんな話もあります。
お寺の嫁が、いじわるな姑を何とかこらしめてやろうとして青鬼の面をつけました。
ところが、どうしても面が取れなくて、苦しみぬいて死んでしまったといいます。

幼い亡者たちが、賽の河原で父や母や兄弟たちのために小石を積んでいます。
そこへ鬼がやって来ます。
あわやという時に地蔵菩薩が助けに来て、鬼は退散します。
この鬼来迎の情景は、「子取ろ鬼」とよく似ています。
鬼が「子を取ろ、子取ろ、どの子をとーろ」とうたって、一列に並んだ子供たちの一番うしろの子をつかまえようとします。
それを先頭が大手を広げて防ぐのだそうです。
昔の子どもたちの懐かしい遊びの一つですが、この鬼ごっこも、恵心僧都が考え出した「ひふくめ」という遊びだそうです。
古い仏教劇が虫生の里に残っています。


●戻 る●