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明治の元年、朝廷が旧幕府の領地を没収して民政をしいた時の話しです。
遠江の横須賀城主、西尾隠岐守は、安房・上総に移されることになりました。
ある日、広場村名主の幸右衛門宅に使者が来て
「花房藩のお殿様が単身領内巡見のため、鏡忍寺に宿泊する」と伝えました。
「宿拍中は女郎一切無用、食事中は何人たりとも同席ならず、入浴なおのこと」との命令もそえて・・・。
その夕方、お殿様は近臣も連れず鏡忍寺に現れました。
名主は用意した村人10名とかごを持って迎え、命令を守り、早速おかごにのった殿様を大切にかついで夏の日がとっぷり暮れるまで百姓衆の行列は威勢よく続けられました。
夜は山海の珍味を食べ鏡忍寺の奥の間に眠りました。
そして幾日かが過ぎたある夜のこと、殿様にお風呂をすすめた村一番の正直者で、お人好しとされていた弥之助爺に、殿様はまわりの戸締まりを注意させ、湯かげんを見させて入浴しました。
しかし、いくらたっても湯浴びの音もせず、時折、中から風の吹くような音が聞かれるばかりです。
さすがに、弥之助も興味を覚えて戸のふし穴からのぞきました。
ところが、そこには殿様ではなく、古狸の尾が、湯をさらさら撫ぜている姿がうつるばかりでした。
弥之助は、声をたてずに、愛犬「クロ」を連れてきて、風呂場に放ちました。 みるみるうちに古狸とクロは大格闘をはじめ、とうとう古狸は傷ついて、鏡忍寺の裏山に逃れ、クロは片目を失ってしまいました。
その噂でもちきりの同じ年の9月、本当の西尾隠岐守忠篤は藩士100余名を連れて鏡忍寺近郷に移られ、当初藩主は小松原鏡忍寺、母丹俊院は天津の日澄寺に、弟忠恕は永明寺に居りました。
年が変わってまもなく、弥之助は片目のクロを残して死んだそうです。
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