松虫姫


その昔、ヤマトタケルたちが通った道の辺に、薬師如来は静かに今も祀られています。
右手を前向きに上げて、左手には薬つぼをのせているそのお姿は、慈悲に満ちています。
印旛沼の松虫寺の秘仏は、33年に一度しか拝むことのできない木造の七仏薬師さまの7体あります。
まん中にお座りなさる大きな像1体と、その左右の6体の像です。
うす暗いお堂の中では、御仏のおだやかな頬が、柔らかな外からの光にうっすらと浮き出て、まことにありがたい光景です。
古き昔の人々が、病いの苦しみからのがれようと拝み祀ったその願いが伝わって来るようです。

松虫寺には、こんな話が伝わっています。
松虫姫は聖武の帝の御子ですが、おそろしい病にかかられました。
ある夜、姫の夢枕に薬師如来が立たれて、
「わたしは下総の国・萩原の里の薬師だが、姫は下総に下られませよ」と、告げられました。
帝はこの話を聞き、すぐに行基を供につけ、姫を東国に下らせました。
姫は、萩原の里の泉のほとりに小屋を建てて、薬師さまに毎日お参りをして熱心に祈りました。
そして満願の日、姫は疲れ果てて、ついウトウトと眠ってしまいました。

「姫よ、病いは治ったぞよ」
という薬師さまの声に、はっと目を覚ました姫は、自分の腐りかけていた手足を見ました。
なんと、白く美しい肌に戻っているではありませんか。
側に刺しておいた、都から杖にしてきたイチョウも根づいていて、かわいい若芽をつけています。
病いが、すっかり治った姫は、親切にしてくれた里人たちに文字の読み書きや、カイコを飼って絹を織ることを教えたりしました。
帝は、姫が元の美しい姿にもどったのをたいそう喜んで、行基に七仏薬師を刻ませ、都から大工をつかわして大きなお堂を建てさせました。
これが今の松虫寺の始まりだといいます。
姫は都に帰られて、しあわせに暮らしました。

ずっと後に、姫が亡くなられると、お骨を分けて、このお寺の隅にも埋めました。
それが「松虫姫の廟」で、今も残っています。
そういうわけで、このお寺には、昔は埼玉や栃木の方からも、よいマユがとれますようにとお参りに来たものだそうだ。また、姫のように美しくなるおしろい粉が今でも売られています。
姫が都から持って来てこの地に根付いたイチョウの木は、今では太く大きくなって、勢いよく葉を茂らせています。


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