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むかし昔、鎌倉時代のことです。
上総の国、高滝の地頭が熊野に詣でることになり、年頃の娘をお供に出かけた。
この娘は、とても器量の良い娘でした。
熊野に着いた地頭親子は、宿坊に何日か泊まっているうちに一人の若い僧と知り合いになった。
若い僧は2人を案内したりして面倒を見てやり、別れる時には、
「いつの日か、東国へお出かけの折には、ぜひ上総の国まで足をのばして下さい」
「本当にありがとうございました。また、お会いしとうございます」
娘がにっこりとほほ笑んでお礼を言うと、若い僧は天にも昇るほど嬉しくなりました。
それからというもの、若い僧は修行にも身が入らず、地頭の娘を思うと居ても立ってもいられないほどになってしまいました。
そこで師の僧に申し出て、東国巡礼の修行を許してもらいました。
東海道を東に向かい、鎌倉を過ぎて、房総に渡る船乗り場までやって来ました。
しかし、渡しの船の出るのを待っているうちに疲れが出て、とろとろと眠ってしまいました。
それで―。
やっとのことで上総に渡る船に乗り、無事に海を渡ることが出来ました。
養老川沿いに今富、土宇、佐是と上って、とうとう加茂大明神をまつる高滝の里に辿り着きました。
地頭の屋敷を訪ね、
「鎌倉まで修行のために来ましたので、ついでに上総の国までお会いしたくやってまいりました」
と言うと、地頭はとても喜んで家族に引き会わせました。
「ごゆっくりとして、旅の疲れをいやしなさい」
と言ってもてなしました。
2〜3日すると、若い僧は地頭に、
「折角、都より遠く離れたこの地にまいりましたので、上総の人々ありがたい仏の道を説かせていただきたい」
と申し出ました。
地頭はとても喜んで、近隣近住の名主たちに若い僧をひき合わせてやりました。
高滝の地頭の家に泊まって上総の村々を周りながら仏の道を説く若い僧は、たちまちのうちに評判になりました。
「何でも、京の都の生まれで家柄も良いという話だ」
「熊野で修行していただけあって、お説教もよく分かって、ありがたいほどだ」
「それに眉のキリリッとした良い男だもの」
そのうちに、この僧と地頭の娘とがいつしか良い仲になり、とうとう娘は身ごもり、男の子を産みました。
地頭はカンカンになって怒りましたが、仕方がないので僧を跡継ぎとして認めました。
僧をやめた男は、とても頭は良いし、気がきくので立派に仕事を果たしました。
男は子供が13になったので鎌倉の八幡宮で元服させようと、従者を連れて船に乗りました。
ところが急に沖から黒雲がわいて来て、大シケになってしまいました。
息子は初めて船に乗ったので、うっかり船べりに立って海を眺めていましたが、そこへ大波が押し寄せて、あっという間に海の底へのみ込まれてしまいました。
男は驚いて、みんなの止めるのを振り切って息子を助けようと、波のさか巻く海へと飛び込みました。
そこで―。
若い僧は目が覚めました。
熊野からはるばる上総国高滝の地頭の娘に会おうとしてやってきた僧は、上総に渡る相模の浜で居眠りしていたのでした。
それは短い間の長い長い夢でした。
「ああ、これは修行の道にとどまれという仏の教えに違いない」
と悟った若い僧は、また東海道を熊野に帰って行ったそうです。
その後、僧は偉くなったかどうかは誰も知りませんが、厳しい修行が続けたに違いないでしょう。
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